馬場 勉コラム
齢者の戯言

その6

令和6年の新年を迎えて!

新年あけましておめでとうございます。

私こと馬場勉は元気に新年を自宅で迎えました。正月は市内にある岡山神社に初詣しました。穏やかな天候のもと、多くの人が列を作ってお参りしていました。

恒例の最上稲荷及び吉備津神社は少し落ち着いてからお参りします。

年明け早々能登地震がおこり、また、2日には、日本航空機と海上保安庁の航空機が滑走路上で衝突事故を起こすなど、正月気分が吹っ飛びました。

私にとっては、ガックリしたことがありました。箱根駅伝(100回目の節目)でまさかの優勝候補にあがっていた母校中央大学が失速し、シード校どころか来年は一兵卒で勝ち抜いていかなければならなくなったことです。なぜそうなったのかですが、合宿所で風邪が蔓延して走れる状況でなくなったため、監督は出場を辞退して棄権も真剣に考えた程だったようです。

コロナはなくなったようですが、風邪のため咳が出るという状況が流行っています。私は、昨年、声が出なくなりレントゲンで肺にモヤモヤとした炎症がでて、コロナ?かと大変でした。2回かかりましたが、治りました。しかし、思いもよらない本当に何が起きるかわからないのも現実です。

理由はともかく、残念ですが再起を願いたいです。

年末年始の多忙な時に、年賀状を書くのはもう嫌だという人が多くなり、来年から年賀状を廃止しますという文面のハガキをも貰いました。いろいろ個人的な理由はあるでしょうが、急に年賀状が親しい人から来なくなったりすれば心配します。事前に念入りに失礼するとの予告をする人もいらっしゃいますが、どうぞどうぞお元気でやってくださいネ!というところです。

鮮明に思い出すことがあります。私が東京の大学生の時、郷里の先輩で、当時全日空の社長をなさっていた岡崎嘉平太さんが岡山出身の学生に話をして下さったことがあり、その時、先輩は1,000枚ぐらい年賀状を、日曜日を返上して相手の住所と名前を書きながら、この人は今どうされているのかなと思いながら書くという話をされていました。挨拶文はさすがに印刷されたそうですが。私は、偉くなる人は日常の振る舞いが違うのだなあと感動したものでした。また、社長専用車が小型車で、とても大会社の社長が乗るような車とは思えませんでした。運転手付きでしたが…。

未だに、この2点については、鮮明に思い出されます。その他の講話の内容は忘れましたが…。

ここ数年は、年賀状を見ながら感慨にふけっています。

確かに急に年賀状が来なくなると心配するむきもあります。特に私の場合、40年近く途切れることなくカレンダーを送付させてもらっていますが(かなりの労力がかかるのですが)、楽しみにしてくれている人が多いのも現実ですから、私が生きている限りは続けたいと思っています。ただ、今年は、本数が増えて追加発注ができなかったので、やむなく送付を取りやめになった人もいて申し訳なかったと思っています。

年賀状その他で皆さんからの貴重な声によれば、執筆をしてホームページに書いてほしいという御意向が多かったため、今年から不定期ながらできるだけ書くようにしたいと思っています。

ところで、検察庁は、年末年始の休みなしで、自民党(安倍派を中心とした派閥)の金の流れを全国からエース級の検事100人程を集めて日夜頑張って究明に努めているようです。ご苦労様です。私は安倍さんが検事総長の定年を3年程伸ばすことにした。ところが、賭けマージャンでおじゃんになったのです。検察に政治家が手を突っ込んできたのに不満を抱いていた当時の幹部候補生が、今は指揮官になった唯今、国のため徹底的に政治を矯正したいという正義感と意気込みで頑張っているものと思います。

何事も、自惚れて何でも出来ると思ってやりすぎると怖いことになるという教訓です。私にはそう思えますが、いかがでしょうか?

とにかく、今年から再度できる限り執筆したいと思います。あくまで、私の考えですから、どのようにお考えになっても差し支えありませんが、気分を害する点があればお許しの程を…。

年の初めにあたり一言申し上げました。

今年も、何卒よろしく御指導御鞭撻の程をお願いします。

令和6年1月4日

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